●メディケアの歴史

 アメリカは民間医療保険が主流でしたので、多くの高齢者は、長い間、高額治療費のリスクを理由に民間医療保険に加入できなかったのです。低所得者は、保険料が払えないので民間医療保険に加入できません。こうして高齢者と低所得者の無保険が社会問題に発展していきました。

 そこで、1965年にジョンソン大統領は、この問題を解決するためにソーシャル・セキュリティー法の改正法案(別名メディケア・メディケイド法案)に署名し、メディケア(Medicare)を65歳以上の高齢者ための公的保険、メディケイド(Medicaid)を低所得貧困者の公的保険として施行されました。メディケア申請は、連邦ソーシャル・セキュリティーのオフィスやHPから手続きするのは、このような背景があります。

 メディケア開始当初は、連邦政府が運営するオリジナル・メディケアの1種類だけでした。オリジナル・メディケアに含まれるのは、パートA(病院やスキルド・ナーシングの入院給付)とパートB(ドクター・オフィスや外来治療給付)です。あれ?お薬の外来処方箋給付がない!そうなんです。開始当初はなかったのです。詳しい説明は後にします。

 この時代に、メディケアの自己負担分をカバーするためのメディ・ギャップメディケア・サプリメントと呼ばれる任意に加入できる民間保険も買えるようになりました。メディケアが支払わないギャップ(自己負担)をカバーするサプリメント(補助的)な保険と考えるとわかりやすいです。

 1997年、連邦政府は、メディケア運営費削減のために、メディケアに民間医療保険会社の参加を認め、民間型メディケアが誕生しました。このメディケアは、メディケア・プラス・チョイスMedicare +Choice)やチョイスのCをとって、パートCとも呼ばれるようになりました。しかし高齢者は、チョイス(Choice)のCから、新たな給付が選択できるのだろうかなどパートCの名称に混乱しました。そこで、民間型メディケアの呼び名はメディケア・アドバンテージに改名されました。これに対して、連邦政府型メディケアは、オリジナル・メディケアとして区別されるようになりました。

 オリジナル・メディケア(連邦政府型)とメディケア・アドバンテージ(民間型)の大きな違いは、オリジナル・メディケアは全米ほとんどの医療機関に自由に掛かれる日本の健康保険のような保険です。メディケア・アドバンテージは、一般の民間医療保険がメディケアになったような保険なので民間保険特有の制限がついています。

 2006年、メディケアに待望の外来処方箋薬給付が開始されました。これは、パートD呼ばれ、Drugののように覚えやすいです。パートDは、全て民間保険会社が運営し、オリジナル・メディケアとメディケア・アドバンテージ(→既に含まれている場合もあります)に組み合わせます。こうしてメディケアは、現在のように官と民がごっちゃ混ぜになった保険になりました。

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